ラジオ配信

旧いモノの価値についてモノ申す!

podcast配信しました。

旧車に限らずヴィンテージと言われるものにはスペック表では表現することができない「価値」がある。でも、どこにその「価値」を感じるのかは十人十色。自分の場合は「鼓動のような振動」や「地を這うような唸り声にも似た排気音」(2ストの場合は「苛立ちながら相手を威嚇する鳴き声のような排気音」)、要は動物的なエネルギーを全身で感じることができることが大きな魅力だけど、様々な人に乗り継がれて刻んだ歴史を引き継ぐことに価値を感じる人もいる。逆に斬新なデザインや最先端の技術に魅力を感じる人は旧いモノよりも新しいモノに価値や魅力を感じるでしょう。

人それぞれの価値観の中で自由に楽しむ人たちがいる中で、「旧いからといって新しいモノよりも価値がないワケじゃない!」「旧い・新しいといううわべのことではなく、もっと本質を見るべき!」と息巻くタクヤ君。

一見するとなんとなくまともで正しい主張に見えるけど「旧い・新しいというのは価値になり得るのか?」「そもそもタクヤ君にとっての本質ってなに?」という素朴な疑問に対しては「うーん、うまく言えないなぁ・・・」「・・・ちょっと持ち帰って本部に確認します・・・」と、 何一つまともに答えることができないタクヤ君とグダグダの議論を熱く展開していますww

僕はタクヤ君とは逆に「旧いモノほど希少価値がある」という一定の事実は認めつつ、「旧い方がエライ」「高旧車」というヴィンテージブランド志向のような考え方が無自覚に広がっているように見えることに軽い矛盾を感じています。

ヴィンテージは嗜好品だからこそ、その価値には明確な感動のようなものがあって、感動があるのであればそこにその人の意思があるはずというのが自分の感覚。もちろん、「価格」にこそ価値を感じるという人がいるのであればそえはそれで思い切り楽しめば良いと思うけど、価格というのはあくまで「市場価値」。

そして市場価値というのは「みんながどれくらい欲しがっているものなのか」を示す一つの指標だから、高価格であることに重きを置いてしまうと、「みんなが欲しがらなくなれば(価格が落ちれば)自分にとっての価値も下がる」ということになってしまい、嗜好品としての矛盾がでてくるという。

まあ、これは単なる理屈だし趣味の世界の話なので誰がどんな楽しみ方をしようが自由ということで、このへんについてはpodcastでは一切触れていませんw

それよりも「旧いモノの方が味があって価値があるんです!これは新しいものに真似はできない」と、新しい物好きの人から見れば新しいモノにケチをつけたがっているようにも見えるタクヤ君の奇妙な(?)ヴィンテージ愛。

そうか、愛というのは理屈で説明できるものではないから他人から見れば奇妙に見えるものなのかもしれない。他人からは理解できないけど、その人の中で完結できるものだからこそ愛なのだ。理屈で表現しようとする自分の方が間違えているのかもしれない。

と、ここで要約を書きながら、わかったようなわからないような不思議な気持ちになりつつ閉めようかと思います。

それでは、興味のある方はグダグダの悶絶議論をどうぞw

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